毎日決まった時間に起き、職場の整備工場へ出かけ、帰ってからは日課のトレーニングを1.5時間。さっとご飯を食べたら身体をケアして寝る。自転車選手ごっこを始めてからはや8年、華やかなレースシーンに反してその日常はただただ規則的で地味なものだ。この日も、いつもと変わらずトレーニングを始めようとローラー台に乗ったところ「ピンポン」と我が家を誰かが訪ねてきた。友人が「あるサプライズ」を携えてやってきてくれたのだ。あまりに心に残る出来事だったので、そのときの話と、そこにまつわるストーリーを少し紹介させていただきたい。

遡ること3年、その日も職場で日常業務をこなしていた。と、受話器が鳴った。電話の主は若そうな男性で、仕事で使うための軽自動車を購入したいという問い合わせだった。荷物は運ぶがさほど量は多くないとのことだが、念のためどのような荷を積むのか尋ねてみた。「醸造で出涸らしになったホップ」らしい。

クラフトビールをそれなりに消費している人種なら、この近畿地区でビールを醸造している業者さんといえば即数社に絞ることができる。「大阪で・・・」というヒントまでもらった自分は、消去法で「もしかして銭湯で醸造しています?」という模範回答を叩き出すことに成功した。

上方ビール代表、志方さん。醸造所でもある元風呂屋さんの店舗にて。

僕が話していた相手は【上方ビール】代表の「志方さん」だった。大阪は淡路で、銭湯をリノベーションして醸造所を立ち上げた熱い男だ。初めての問い合わせ電話にも関わらず、ビールのことや彼のビジネスの話で盛り上がり、僕もクルマの話そこそこに自分の仕事への想いを伝えたところ、たった一本のその電話で契約までしていただけた。嬉しいねぇ。

購入いただいた車、ナンバーは僕の誕生日である410。

後に同い年であることまで判明し、納車のタイミングでは醸造所兼パブとなっている銭湯跡地で作りたてのビールをたらふくいただいた。「絶対忘れへんやろ」という志方くん(もう打ち解けた)の希望で、ナンバープレート下4桁は「僕」の誕生日という思いも寄らない番号が選ばれた。一本の電話で奇跡的な出会い方をして、それに応えてお客様の心を掴めたと浮かれていたが、実際には志方くんが僕の心を掴んだ話だった気もしている。すごい男だ。

共通の友人も数名いた。そのひとり「井上くん」は、元JPT(日本のプロロードツアー)選手、シクロクロスでは662CCCのチームメイトだ。ビール醸造の話でいうと、彼は大阪のディレイラブリューワークスで働いた経歴を持つ(今は同社の別部門で忙しくしているようだ)。僕の知る限りうちの妻を「はこ」と呼び捨てするのは井上くんくらいで、彼も人との距離感を掴むことに長けた男だ。

 
 
 
 
 
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せっかくなのでみんなで飲もうということになり、志方くんと井上くん、それから上方ビールの醸造長とで僕が愛してやまないCBB(クラフトビアベース)のBUDで集まってどんちゃん騒ぎをした。たまたま居合わせたCBB社長と志方くんは初対面だったらしいが、業界人同士が仲良く喋っているのを見て、いい縁が繋げられたと気分も更に良くなった。

それから月日が経って、僕がシクロクロスで全日本というビッグレースを制したので、2人がお祝いをしてくれるという話になった。上方ビールに集まって鍋でもやろうと、その時はまだレースシーズン中だったので少し待って貰った。いや、正直お祝いって照れくさくて、自分から進んでスケジュールを合わせにいくことをしなかったというのが本音だった。祝ってやろうと言われても、自分からズケズケ足を運んで「よっしゃ祝ってもらうぞ」ということがどうにも恥ずかしくてできない性分なのだ。

気がつけば鍋をやるには季節外れな夏となり、それももう終わりが近づいたある日、ピンポンと我が家に誰かが訪ねてきた。井上くんだ。どしたの?と尋ねるとニヤニヤと持っている段ボール箱を開けて見せてくれた。中には大量の瓶ビール。「Champion’s Ale」と名付けられたそのバッジには、僕と(主に)妻のイラストが奢られていた。

突然我が家に現れた井上くん、手に持ってるのはわざわざ作ってくれたビールラベル(の余り)

「コッシーがなかなか連絡よこさへんから、志方くんと相談してお祝いビールつくったで」

おまい、マジかよ。ビビりすぎて「えーえーっ、えーえーっ」と言葉に詰まる自分、ローラー台でアップしていたので、ビブショーツ&汗だくである。イラストは売れっ子絵師の岡本画伯作、彼とも10年以上の長い付き合いだ。いままでいろんな仕事をお願いしたが、まさか彼に自分自身と妻を描いてもらう日がくるとは。なんとも。

岡本くんが描いてくれたイラストと、妻の人。
主に妻と僕が描かれた、その名も「Champion’s Ale」

サプライズからようやく落ち着いて、詳細を井上くんに教えてもらった。上方ビールには体験会用の小さい醸造樽があるらしく、それを使い井上くんがゲストブリュワーとして醸造してくれたらしい。クラフトビールの命とも言えるスタイルは、ウエストコーストIPA。北米産のホップを使用したIPAで、本家のイングリッシュIPAと比較するとアルコール度数が高くてホップの苦味とアロマが強いのが特徴である。

甘ったるいビールも大好きな僕を知ってHAZYと迷ったらしいが、アメリカンエールをリスペクトしているCBB(先ほど登場したクラフトビールベース=僕のホームパブだ)のスタイルを鑑みての選択らしい。なんと愛があること。実際に、ウエストコーストらしいホップ感の強い風味だが、キャラの濃い甘味もあり、ハッと個性を感じる味わいにまとまっている。美味い。

上方ビールで見せてもらった小さい醸造樽。それでも15Lくらいのビールができる模様。

ビールをいただきながら、志方くんや井上くんとの、先に述べたストーリーを思い返した。うむ、この味をただ楽しむだけでは勿体無い。みんなにこのサプライズをシェアしたい、そう思い筆を(キーボードを)取った。ビールの本数は限られているので、本当に身近な方だけにそっと贈らせていただき、今この文章を書いている。

こんな素敵な話を考え、実行してくれた2人には感謝してもしきれない。本当にありがとう。志方くんが大事に育てている「上方ビール」は今日も絶賛醸造中なので、ぜひ新鮮なビールを手に取ってご賞味いただきたい。

醸造所:上方ビール、醸造社:井上くん、スペシャルなラベル

上方ビール:https://kamigatabeer.co.jp/
Instagram:@kamigatabeer

Champion’s Ale という名のサプライズ

kossy


自転車歴20年の社会人アスリート。BMXパーク競技を経て泥の中をレースするシクロクロスへ参戦、ボーダーレスな自転車競技活動を続けている。Wilde Bikes唯一のサポートライダーとして国内トップカテゴリーを走る一方、本職では自動車整備業に従事。乗り物のほかコーヒー、銭湯、カメラにアウトドアなど、趣味は常に多彩でオーバーフロー気味。 Instagram / Twitter / Facebook


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